ニジンスキーの手記 完全版

ヴァーツラフ・ニジンスキー / 新書館


ニジンスキーの画像を掲載したかったのですが、私的な資料用とはいえ今や巷は著作権問題で揺れておりますので、書影に肖像写真を使用しているこちらを掲載。
ブログに書く前にこちらを読みたかったのですが叶わず、自分の知識と新たに検索して調べた内容を整理して、ニジンスキーの劇的な人生をざっとご紹介します。
ご紹介すると言っても有名な方ですし、山岸凉子さんの漫画や映画にもなったりしていてご存知の方が多いと思います。目新しい情報は少ないかも知れませんし、私はバレエは詳しくないので表面的な事だけです。しばしば脱線もしますんで(おまけに長い)、ダメな時は読み飛ばしてくださいませ。

〈 その1 〉でも書きましたが、ニジンスキーは伝説的なバレエダンサーで、振付家です。
1889年3月12日にロシアで生まれました。その頃日本は明治22年ですので、大日本帝国憲法が発布されて一ヶ月ほど経った頃です。ちなみに、奥村土牛(日本画家)や岡本かの子(小説家で岡村太郎・母)が同じ年に生まれております。
両親はともにポーランド人のダンサーで、血筋でしょうか、9歳で舞踊学校に入学するとずば抜けた才能を見せて、18歳の時には既に主役として舞台に立っていました。
そして、セルゲイ・ディアギレフとの運命の出会いがあり、1909年にディアギレフが旗揚げしたバレエ団『バレエ・リュス』で見事に開花しました。
『バレエ・リュス』というのは、マティスルオーローランサン、ココ・シャネル、ストラヴィンスキーなど名立たる芸術家が衣装や音楽、舞台美術などに参加していたという、今から見ると奇跡のようなバレエ団ですね。
踊り手には、こちらも伝説的なプリマドンナ、アンナ・パヴロワ(所属バレエ団は別にあった)や振付師のミハイル・フォーキンなど、素晴らしい才能が結集していましたが、その頂点に若干二十歳のニジンスキーがいました。
この『バレエ・リュス』に参加していた1909年〜1913年の間に、ニジンスキーは伝説的な踊りを披露しています。
「跳んだまま戻って来なくて、客が忘れた頃に降りてきた」という、まるで空を飛ぶような高い跳躍と艶かしい肉体の表現力で、ジャン・コクトーをはじめチャップリンピカソ、ロダンを虜にしたとか。

見てみたいですよね〜。残念ながら映像はないんですが写真なら見る事が出来ます。
Vaslav Nijinsky, Russian Dancer Canvas Print 
と入力するとかなり良いレベルの写真がごろごろ出て来ます。ただし、ほどんとが海外のサイトに繋がりますので閲覧する時はご注意ください。
私は検索が下手で、イラストを描く前はモノクロ写真しか見つけられなかったのですが、なんとカラー画像(人着)があったんですよ! モノクロだと眼光が鋭くて大人っぽく見えたのですが、あどけない感じが残った青年でした。う〜ん描く前に見つけていたらもっと違った仕上がりになったのに…。
他には『手品師とクジラ』というサイトでご紹介のあった、ニューヨーク公共図書館のニジンスキー紹介ページが良かったので、こちらでもご紹介します。英語ですが分かりやすいし、安心して閲覧できます。画像をクリックすると大きく見られますので、お勧めです。

さて、こうして写真を見てみますと、あまり背が高くなかった上に非西洋的な顔立ちから、『日本人』というあだ名がついていた…というのですが、結構な美青年だと思います。全然東洋的には見えません。ディアギレフさんは美少年趣味だったのね…。
『日本人』というあだ名から…という訳ではなく、空中で静止したような飛翔を見せるダンサーと聞いて私が思い浮かべるのは、熊川哲也さんです。
熊川哲也さんがローザンヌ国際バレエコンクールで踊った『ドン・キホーテ』の飛翔は、本当に空中で静止して見えたのでビックリしたものです。もちろん今の方がもっとずっと凄いんでしょうけど、17歳の美少年が宙を舞う姿が今でも脳裏に焼き付いております。

…さらに脱線しますが、今日までバレエ界にはたくさんの優れたダンサーがおりましたが、その中でニジンスキーの再来と言われたのが、ルドルフ・ヌレエフさんというソ連から亡命したダンサーなんですが、私はこの人が絶頂期を迎えていた頃に生まれたので、教育テレビの『劇場への招待』で観た覚えがあるような…ないような。
私はこの『劇場への招待』が大好きで、宝塚もバレエもこちらでよく観ていましたが、やっぱりバレエは女性が花形(当時は男に興味無し)…とぼや〜っと観ていたものです。その思い込みを一蹴し、「バエレってすごい!人体ってすごい!」と目覚めさせたのは、クロード・ルルーシュ監督の映画『愛と哀しみのボレロ』の中で『ボレロ』を踊るジョルジュ・ドンでした。
これは当時のバレエファンではない多くのパンピーがバレエに目覚めた作品で、私にとってのニジンスキーの再来とはジョルジュ・ドンなのです。
※映画『ホワイトナイツ/白夜』のミハイル・バリシニコフで目覚めた人の方が多いかも。バリシニコフはヌレエフと同じくソ連から亡命したダンサー。ダンスだけじゃなく俳優もしております。

ジョルジュ・ドン(1947-1992)は振付家モーリス・ベジャール(すごく目力のある魅力的な人)率いる20世紀バレエ団の最も重要なダンサーでした。のちに自身のバレエ団を旗揚げしますが、1992年にエイズのため45歳で他界しました。余談ですが、前述のルドルフ・ヌレエフさんもエイズで亡くなっています。54歳でした。
悲しい事に、作家でも芸術家でも亡くなってしまうと、ファンの方はともかく、忘れ去られてしまう事が多いですよね。彼はもうこの世にはいませんけれども、彼の踊る姿を多くの方に観て頂きたいと思うのですよ。ですので、↓是非、こちらの作品は観て頂きたい。

愛と哀しみのボレロ [DVD]

紀伊國屋書店


これはバレエ映画ではございません。
今、日本は安保法案で揺れておりますけれども、戦争によって人々の人生がどうなるのかが描かれていますよ。ドンの踊りだけでなく、よくよく考えて観て頂きたい。そして、嬉しい事にデジタル・リマスター版が、2015年10月17日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAにて4週間限定で公開されるんだそうですよ!
詳しくはこちら→ http://www.fashion-press.net/news/18737
すご〜く長くて(休憩入るはず)トイレとか大変なのだけど、これはやっぱり大きなスクリーンで見た方が良いと思います。2015年10月17日(土)〜11月13日(金)までです。是非是非

さてさて、話を戻します。
ニジンスキーは踊るだけではなく、ディアギレフのサポートを受けてバレエを振付けて上演していますが、特に有名なのが『牧神の午後』(1912年)です。ちなみに、山岸凉子さんの漫画のタイトルも内容もコレです。
牧神に扮したニジンスキーが、乳牛柄をペイントした衣装でニンフの落として行ったヴェールを抱いて自慰行為をするという振り付けで(実際しちゃったんだそうですよ、舞台の上で)、下品だと不評を買ってしまいましたが(それはそうでしょうよ。今なら捕まっちゃう)、ニジンスキーを語る上では欠かせないエピソードです。
その後ストラヴィンスキーの『春の祭典』(1913年)で、それまでのバレエでは考えられなかった前衛的振り付け(今では当たり前?)をし、20世紀バレエの幕開けを意味する踊りと評されています。
そんな輝かしいニジンスキーの人生は、1913年から下り坂になります。
ディアギレフと恋人(同性愛)関係だったにも関わらず、ハンガリー人のバレリーナで彼のファンだったロモラ・デ・プルスキと興行先で突然(!)結婚してしまい、ディアギレフから『バレエ・リュス』を解雇されてしまうのです。

このセルゲイ・ディアギレフという人は、地方のお金持ちの坊ぼんで、自身が芸術家(特に音楽系)を目指していたそうですが、早々に才能無しと見切りをつけ、絵画の展覧会を開催したり芸術雑誌を刊行するなどプロデューサーに転身し、のちにバレエに対象を絞り「総合芸術としてのバレエ」を確立しました。
ディアギレフの才能を発掘する審美眼は確かだったようで、前述した名立たる芸術家を動員した『バレエ・リュス』の衣装を集めた展覧会—魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展—が、昨年の今ごろ国立新美術館であったんですが、本当に素晴らしかったようで、見られなかったのが残念無念…。

美しいモノが好きな人は、ゲイが多いのでしょうかね…、ディアギレフは根っからの同性愛者でした。それは別に良いんですが、ただ、この人にはあるクセ(?)があって、性愛の対象を一流の芸術に触れさせて教育するという習慣を持っていた(出典:ウィキペディア)というのです。(ニジンスキーの他にもいっぱいいたんですね)
私は最初、『舞台で踊りたくば、おまえの体を捧げよ〜』ってムリヤリ関係をもっちゃうのかと思った(多くの人がそう思ってる?)のですが、ニジンスキーだけじゃなく審美眼で見いだした若い(ここ、強調)性愛の対象(♂に限る)を一流のダンサーに育て上げるのが趣味(?)だったのかな…。
では、二人の関係はムリヤリだったかというと、違うと思います。ニジンスキーはディアギレフに会う前(10代)には『男も女も知っていた(バイセクシャル)』そうで、誘われて関係を持つ事に躊躇わなかったのではないでしょうか。
前述した『牧神の午後』のエピソードなどと合わせてみますと、踊っている時に得られるエクスタシーと性交中のエクスタシーはどちらも同じ感覚で、気持ち良くなる事は素直に好きだったんじゃないかと。
ただ、ディアギレフとニジンスキーの恋愛感には、温度差があったのはないでしょうか。
伝記や評伝を読破した訳ではないので私の想像にはなりますが、ディアギレフはニジンスキーを才能だけでなく精神的にも愛していたと思いますが、女も愛せるニジンスキーにはディアギレフの執着が重かったのかも。
他にも問題があったのでしょう。でなければ、言葉も碌に通じない相手と結婚なんてしないと思うのですよ。電撃的に恋に落ちたとも言われていますが、何をどう思ってそうしたのか、真実は本人しか分からない事です。
どちらにしろ、ディアギレフは激怒します。これは分かる気がします、とっても。
一説によれば、ニジンスキーは結婚したからって『バレエ・リュス』から追い出されるとは思ってなかったようなので、やはりかなりの温度差を感じますね。
これが喩え完全なるパトロンと芸術家の関係だったとしても、この仕打ちは裏切られたと感じるのが普通でしょう。でもまあ、関係が終わる時なんて、こんなもんです(達観)。そして、ディアギレフは女性に盗られて終わるパータンが多かったみたいです(涙)。

こうして追い出されたニジンスキーは、新たにバレエ団を旗揚げしますが、踊る事にかけては天才でも興行師としての才能は無かったようで失敗に終わります。
思うように踊れる環境がなくなり、第一次世界大戦中に拘留されるなど心労が溜まったのか、次第に精神を病むようになり1919年の公演を最後に舞台から姿を消しました。
最初にご紹介した『ニジンスキーの手記』は、精神を病み始めた頃に書かれたそうなので、読むのが切なくなりそうです。
結局、ニジンスキーが活躍したのはわずか10年。その後は精神病院を出たり入ったりしながら(第二次世界大戦中には、あわやナチスに殺害されそうになったりもした)30年以上も隠遁生活を送り、1950年にロンドンでその生涯を閉じました。61歳でした。現在はモンマルトル墓地に改葬されています。
※この長い闘病生活の模様はロモラ・ニジンスキーが書いた『その後のニジンスキー』に詳しく書かれているそうなので、興味のある方はこちらもどうぞ。
参考・出典:ウィキペディア、ほぼ日刊イトイ新聞『担当編集者は知っている。』、松岡正剛の千夜千冊1099夜 より

ざざっと触れましたが、波瀾万丈ですね…。狂気に陥った原因は様々言われていますが、真偽のほどは分かりません。
これは私の個人的見解ですが、ニジンスキーにとって “ 生きる事 ” は “ 踊る事 ” だったと思うのですよ。〈 その1 〉で触れましたがどの舞台写真でも本当に嬉しそうで、その役になり切っているのでしょうか、とても生き生きしています。私は特に『ジゼル』の写真が好きです。すごく奇麗です。
踊る事と舞台を創造する(振付ける)事、それに付随する肉体的な悦び(運動によって起こる高揚感と、衆目を集めその視線を浴びる快感など)が、彼の人生の全て(存在価値)だったから踊っていられれば幸せで、それ以外の恋愛とか生活の雑事は大して重要ではなかったのでしょう。
だから誰と結婚しても、一番重要な『芸術的なバレエを創り上げたい』と思う部分で、ディアギレフとは深く繋がったままだと思っていたのかも知れません。
そう考えると、踊る場がなくなってしまったのが、病んでしまった大きな要因なのでしょうが、だからと言って誰のせいでもないと思います。
今、仕事がらみで、タイムリープして人生をやり直す少女の漫画を読んでいますが、現実の人間の人生は、何度やり直しても同じになるような気がします。だって、この人生でなければ、伝説のダンサー『ニジンスキー』ではないように思うからです。

最後にこちらの本のご紹介。
ニジンスキーを知るには、『ニジンスキーの手記』だけでは戸惑ってしまうかも。こちらの評伝も合わせて読もうと思います。
余談ですが、同名のタイトルでジョルジュ・ドンが踊る舞台があります。見たかったな…

ニジンスキー 神の道化

鈴木 晶 / 新書館


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by apodeco | 2015-09-10 00:00 | 肖像 | Comments(0)

季節はどんどん移り変わっていきますね〜。
2月は雪、一ヶ月おいて4月は春爛漫、桜の見頃を迎えました。

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新しいお仕事をはじめて半年、ようやく有給休暇がついたので本日はお休みを頂き、通院の帰りに近所のお花見スポットを散策して来ました。
今の住まいは遠出をしなくても桜を楽しめる場所があるので有り難いです。いや〜、今年も桜を眺められて良かった…とつくづく感じました。

さて、退院してから約3ヶ月ほど経ちまして、お腹の調子は概ね良好です。以前のように、一週間のうち半分はお腹壊していた状態から比べたら非常にイイ感じ。
時々お腹の傷口が痛むのと、一日一度きちんと排便できなかったりすると、次のお通じの時にちょっと経験した事ないような(故に上手く説明できない)痛みを感じる時がありますので、まだまだ漢方薬(大建中湯・便秘に効く薬)は必需品です。
便秘ではないんですが、とにかく詰まらせないようにしないと! 何故なら、退院する時にお医者さんから「また、なるよ…」と呪いのように何度も言われたんですよね…。
恐いですよ〜〜、本当に辛かったんです、この病気。見舞いに来てくれた叔母に、世田谷の豪徳寺の招き猫さんは「本当にご利益あったよ」と聞いた途端、願掛けしに行っちゃいましたからねー。もう絶対、なりたくないです。
そんなツラ〜イ入院の模様を、こちらでセキララに綴っちゃおうと思っていたんですが、語って聞かせた相手の口元がみんな “ への字 ” になっちゃうので、次回は腸閉塞について、よく聞かれた事をまとめて “ オブラートに包んで ” 書こうかなと思っています。

でね、実はここからが本題なんですが…
この病気で「死んじゃう!」と思った事はないんですが(二度目ですし)、人間いつ何があるかわからないので、『やりたい事は何でもやっておこう!』という思いを新たにしましたのよ。そこで…

【やりたかった事、その1】
こちらの住まいになってから、ずーっと飼いたかった猫を飼う事にしましたので、ご紹介します。

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チャイ(♂)

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マル(♀)


八ヶ月の兄妹猫です。
これからこちらの二匹の話題も増えると思いますので、どうぞお見知りおきくださいませ。元気いっぱいで色々とやらかしてくれます。大変ですね〜生き物は。でも、二匹とも、とても人なつこくてスリスリ甘えてくれるのでとても可愛いです。

【やりたかった事、その2】
4月12日に男性ヌードデッサン会に参加して来ます!
こちらの模様はセキララにご報告したいと思いますので、お楽しみに!!


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by apodeco | 2014-04-01 16:05 | 散文 | Comments(0)

a0095010_23263099.jpgもう…季節は秋でございます。また、うかうか5ヶ月も間が空いてしまいましたが、皆さまお元気でしょうか? 
写真は散歩に行った公園の池のほとりに咲いていた赤と白の彼岸花です。白い彼岸花、珍しいですよね? 最初は色が抜けちゃったのかと思いましたが…蕾も白でした。白も清楚な感じでとても奇麗です。

さて、この5ヶ月間、何をしていたかと申しますと、5月〜7月まではパソコンスクールに通っておりました。これでようやくMAC使いから、WIN使いへ移行する事が出来ましたので、とっても役に立ちましたが…
朝から夕方まで1コマ50分を6時限目までという体制で、ビッチリ1週間授業を受けるのは、それこそ数十年振りですのでね、やっぱりイロイロ大変でした。
通いはじめて早々、しつこい風邪にかかったり、腹ぴーが酷くて、もうね、痛いの通り越して、新たな境地へ開眼してしまうかも…と不安になるくらい。その昔、別冊宝島の『変態さんがいく』を愛読してましたが、ついにお仲間になったかと思いましたわよ。それくらい体調最悪だったんですが、休むと6時間分進んでしまうので、しばらくふらふら状態で通っておりました。
7月になってやっと落ち着いたんで、何とか無事に終えられてほっとしたんですが、8月は頑張り過ぎて燃え尽きた暑くて暑くて元気が出ない状態で、グッタリしておりました。
冷房の利いたお部屋で、本家用のBL話だけはぽつぽつ書いていたんですけど、コミケにすら暑過ぎて行けませんでしたのよ…。あの日差しは本当に危険でしたよ! 皆さん大丈夫だったんでしょうかね?
9月に入ったら入ったで、お天気が悪くて大変でしたよね…。彼岸を過ぎてぐっと秋らしくなりましたけども、今度は涼しいのを通り越して寒いくらいですし…。まあ、とにかく過ごしやすくなりましたので、ようやく重い腰を上げたと言いますか、要はグダグダと過ごしてしまった訳ですね…スミマセン。
そんでもって…
また新たなお仕事を始める事になりまして、慣れるまでは更新できない状態が続くかと思います。(本家の更新も遅れます…汗)でも、半引きこもり状態だったこの5ヶ月よりは、少しはマシになるのではないかと思われます。
いや〜…元気が無いと言葉も出ないぞ…って感じで。
通学ストレスに耐えるためにヘソクリはたいてBL漫画をごっそり買い込んだので、ご紹介したい本はあったんですけども…。追々ご紹介したいと思っております、ハイ。

【ちょっとだけ萌えバナ〜】
BLではないですけど、こちらでちょこちょこ触れていたアニメ『宇宙戦艦ヤマト2199』がついに終わりを迎えますね。登場人物も多いですし、誰が主人公なのかな〜?と思うほど、広く浅くなった気もしましたが、それぞれのエピソードが上手くまとまっていて良かったと思います。
年をとったせいでしょうか、誰が一番カッコ良かったかと言うと、もう断然、沖田艦長でしたね〜。デスラー総統は残念な人になってしまったし…。でも、声優の山寺宏一さんはすっご〜く良かったです!
さすが男】ですね。伊武雅刀さんよりは軽い感じでしたけど、女顔のデスラー総統にはぴったりでした。俳優として松潤が出ていたNHKのドラマにも出てたんですが、普段の声と全然違う…。そういえば、アンパンマンのチーズ(あん、あんってしか言ってないけど)もそうだし、ものまねも上手いんですよね。富山敬さんに似せた声で山寺さんが古代くんをやったのがあるそうなので、そっちもぜひ見てみたいです。
ヤマトはどのキャラクターも声がすごく合っていて、それも良かったな〜と思います。やっぱり声が合ってないと見ていて気持ち悪いですからね…。声が駄目で見られないアニメもありますのよ、本当に。
また、萌えを与えてくれるアニメに出会えるといいなぁ。
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by apodeco | 2013-09-29 13:53 | 散文 | Comments(0)

『紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語—』を元のページにと思ったら、新しくサイトで書いてたのがあって、ページがありませんでした…(^_^;)ゞ
新たにページを立てますが、『紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語— その6』のつづき…というかおまけですので、そちらを読んでからお読み下さい。
右側メニュー【 タグ 】の “紫雲”か “散文” をクリックして頂くと、一覧が出ますのでご利用下さい。

何だかまどろっこしいことをしていますが…
このシリーズはBLサイトを始める前からこちらで書いていたもので、小説の書き方(?)とか、難しいことはな〜んにも考えずに、主人公だけでなく、周りの登場人物が順繰りにお話を引き継いで展開していく…というかたちで書き出したものですから、主人公の恋物語へなかなか進まないという事態になってしまいました。
このまま書き進めると、と〜っても、じれったーい話になってしまうので、ただ今考え中でございます。
一つは、書き直さないで『岡田克巳の場合』につづく、『朝比奈潤次の場合』を書いてから、薫視点の本編に進むか、もう一つは、則行、薫、交互に進めて克巳・潤次は番外括りにするか…
おお…こうして書いていると、考えがまとまってきますね。交互案が有力ですが、もう少し考えます。
もう一つ、サイトの短編に『思秋期』というお話を載せていたのですが、
『朝比奈潤次の場合』に関連するお話なので、『紫雲〜』を外した時点で自動的に外れることになりました。
こちらは年齢制限ありのお話ですので、こちらのブログでの掲載はできません。サイトで紫雲を更新できるようになり次第、再アップしたいと考えています。

お話は↓つづきを読むからご覧下さい。

つづきを読む
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by apodeco | 2012-08-07 21:46 | 学ラン通信 | Comments(0)

萌語り — 父のアルバム

 金木犀の香りが部屋の中まで届いています。10月の香りですね。
 でも、ちょっと香り過ぎて臭い…。近所にいっぱい植わってますから仕方ないけど、何でもほどほどが良いですね…。

 草間先生の『マッチ売り』を読んでいると萌心が大いに刺激され、久し振りに昔話などをしようかと思いまして…。ちょうど『マッチ売り』の登場人物とほぼ同年代(少し下かな)の父の話です。
 私の父は北海道の生まれです。昭和23年頃は、下宿しながら高校へ通っていました。“眼鏡”が住んでいるのと同じ学生の下宿屋ですね。あんなに広くて綺麗じゃなかったろうと思います。田宮虎彦さんの小説に『菊坂』というのがありますが、この主人公が住んでいた下宿屋の方がぴったりくるかも知れません。当時の思い出は、いつでも「お腹が空いたな」と思っていた事だそうです。
 苦学生でしたが、バスケットボール部に入り、丸刈りが多い中自分だけ髪を伸ばし(天パーを誤魔化すため)ポマードで固めるなど洒落者でした。友だちも多く、貧しくも楽しい学校生活だったようです。
 父は時々、こうした若い頃の話を聞かせてくれました。私はその話を思い出しながら父の古いアルバムを捲るのが好きで、虫干しも兼ねてよく覗いたものです。『マッチ売り』の中の町並みを懐かしく感じたのは、当時の風景をアルバムの中で見慣れていたからも知れません。
 下の写真がそのアルバムです。以前、自分の小説の資料用に撮らせてもらったものです。

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 白い文字は父が書いたもの。修学旅行で東京へ来た時の写真です。『靖国神社にて』って書いてある。列車の前の写真は上野駅ですって。他の頁にも友人の名前や、ちょっとした感想が綺麗な文字で書かれています。
 父のアルバムなのだから父が書いたんだと思いましたけど、普段はクセのあるミミズがのたくったような判読不能な文字を書くので、「これ、誰の字?」と母に聞くと、「お父さん。本当はすごく字が綺麗なのよ」と教えてくれました。
 丁寧に書くと達筆なんです(笑)。何で普段も綺麗に書かないんだろうと子ども心に不思議に思ったものですが、今は、それだけこのアルバムが大切なものだったのだと分かります。
 

 こちらは北海道で就職してからのもの。
 この後、いろいろあって田舎を捨てて上京し、会社を興しました。
“若社長”と一緒(笑)?
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 就職してからは忙しかったのでしょうか、書き込みがなくなり、ただ挟んである状態のものもありました。それでも大切な人たちの写真なのでしょう、「この人、誰?」と聞くと、「〇〇さんだな…」と懐かしそうに話して聞かせてくれました。
 全ては、60年も前のお話です。
 父は戦争には行きませんでしたけど、母共々波乱に満ちた人生を歩んで来ましたので、いつか二人の話を書けたらいいなと思っています。それが最近の私の夢ですが、内容がBLっていうのは、少々親不孝な気がします…(勿論、普通の話も書きたいと思っていますよ!)
 縁起でもない事ですが、父が亡くなったら、このアルバムを形見分けに貰いたいと思っています。でも、80才近くなった今も全て自前の歯を持つ健康な父ですから、あの世のお迎えはもう少し先の事でしょうし、うかうかしていると私の方が先におっちんでしまいそうです。
 将来的に滅び行く家系ですから、アルバムと想い出を受け継いでも残していく者はおりません。このアルバムは、私が死ぬ時に一緒にお棺に入れて貰って、あの世に持って行く事になるでしょう。そうしたら、先に逝って待っているだろう両親に、またこのアルバムを眺めながら昔話を聞かせて貰おうと思っています。
 家人に話すと笑われますけどね。
「大丈夫。憎まれっ子世にはばかる、だから」…私も父も、きっと長生きするだろうと(笑)

 やっと訪れた秋の夜長、美味しい飲み物を用意して、昔話をつまみに語らうのも、なかなか良い親孝行になりますよ。
 
 
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by apodeco | 2010-10-09 15:13 | 昔ばなし | Comments(0)

 4月、会社も学校も始まりましたね。私には遙か昔のお話なので、思い出すのも大変なのですが(笑)
 駅までの道の途中で、高校の入学式に出る前なのでしょう、娘さんとご両親揃って自宅前の花の下で記念写真を撮ってるのを見ました。ブレザーにチェックのリボンとスカートがとても似合っていて可愛らしかったです。(里中満智子先生の「明日輝く」を思い出しました。あれはセーラー服だけどね)

 さて、近況報告をしますと、HPの小説書きを優先させているので、相変わらずイラスト描けず状態です。「ここまでやってしまおう」という予定の小説が何本かあって、それが終わるまでは手がつけられないと思います。BL感想文などは、合間を見ながら出したいと思っていますが。
 そこで今回はお茶を濁すようで恐縮ですが、前回に引き続き日常の『萌え』です。
 一つ目は、やっぱり4月ですもの、何と言っても『桜』です。今年は寒かったので、長く桜が楽しめて嬉しいです。ちょっと綺麗だったので、携帯でパチリと撮ってみました。

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↑会社の屋上から神田川沿いの桜並木を写したものです。
ふわふわの、うす桃色の雲の上にいるみたいです。
ず〜と遙か向こうまで続いています。



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↑咲き始めの桜。
朝の光を浴びて輝いて見えました。

 二つ目は前回書いたカップル?(なのか分かりませんが)と接近遭遇〜報告
 自分でもこんな事をこんな所に書いて、二人にはごめんなさい
m(_ _;)mなんですけど、すっごい『萌え』ちゃったので…。
 このお二人と同じ電車に乗り合わせる事が多くなりました。比較的空いているとはいえ、混んでいることは混んでいます。何故この二人が乗っているのが分かるかと言うと、英語でずっとお喋りしているから。
 他にもご夫婦とかカップルで乗っている人はいますけど、こ〜んなに喋りっぱなしなのは、そんなにいません。おまけに、あの日本人の彼はとても声が良いので。さすがにもうあんな立ち位置になる事はないですが、本当に仲が良さそうです。
 まあ、いつもはこれくらいなんですよ。近くも遠くもない位置にいるだけなんですが、今日は目の前で見ちゃった…。
 言っときますが、偶然ですよ! つけた訳じゃないですよ!! 終着駅なので左右の扉が開いて、私と彼らとは反対の扉から降ります。ところが、改札口を出たら目の前にいたんですよ〜〜。面倒くさいので、以下、日本人の彼を『太郎くん』、外人の彼を『マイケルくん』と呼びます。
 今日は暖かいので二人ともコートは着ていません。マイケルくんはスーツ姿、太郎くんはラフな服装でした。間近で見たら二人とも細くて背が高い。似たような体型ですが、太郎くんの方がちょっと背が高い。
 驚いたのはマイケルくんの首が細くて…すっごく可愛かったこと。前見たときより近いので吃驚しましたが、お肌つるつるで真っ白(←ある意味当たり前)で、すごく若いんじゃないかと思います。
 二人とも肩が触れ合うような距離(実際、何度も触れ合ってたけど)で並びながらず〜と喋っている。どこまで行くのかな〜と思っていたら、乗り換え電車が違うのでしょう、途中で別々の方面へ別れたのですが…。
 ずっとね、ず〜〜と、手を振り合ってたの〜〜〜!! ゼェー、ゼェー…

 失礼しました…。だって、まるっきり中学生か高校生のカップルか、或いは新婚ほやほやみたいな雰囲気なんだもの。たぶん、毎朝一緒に通勤しているにもかかわらず、ですよ?
 もう、この後の私の頭の中は妄想の嵐が吹き荒れましたよ。何を考えていたかは…とても文章に出来ません(恥)。
 前回、同棲中の…なんて無責任に書いちゃいましたけど、本当のところはルームシェアをしている友だち同士なんでしょうね。それにしても仲良いよ〜、良すぎるよ〜、オバちゃんの妄想止まらないよ〜、そんな朝の出来事でした。
 ああ、春爛漫ですな……。
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by apodeco | 2009-04-08 22:45 | 散文 | Comments(0)

a0095010_15232840.jpg 三月で当ブログ三年目に突入です。
 時間が経つのは早いですね〜。
 病気をしてからも、もうすぐ一年です。確定申告で高額医療費の申告をしてきましたよ(笑)。保険も税金も馬鹿にならないですよね。健康が一番です。
 さて、今回は電車の中で見かけた光景をふたつ。本当はイラストにしたかったのですが、あまりに時間がかかりそうだったので断念しました。ここはイラストブログなのにね…。やっぱり全然描いていないとすぐに描けなくなっちゃう…(身構えちゃって駄目。ヘタすぎて恥ずかしいッすス…)


 電車の中では乗り合わせた人を観察するか、寝ているか、本を読むかしていますが、朝は兎に角混むので乗っているだけ状態です。でも、こんな時こそ面白い光景に出くわします。
 最寄り駅から電車に乗り込むと反対側の扉の前に立ちます。大抵は、いつも乗り合わせる男性が扉の端、座席とのコーナー部分に立っていますが、その日は高校生のカップルがひっついて立っていました。
 前にもマンションのゴミ置き場の前でキスしている高校生を目撃して焦りましたが、今の子って本当に大胆ですよね。彼氏がね、電車が揺れる度に、ドア側の壁を背にして向かい合って立っている彼女の顔の横に両手をついて自分の身体を支えるんです。あたかもチューしそうな恰好です。
 私と一緒に同じ駅から乗り込んだ女性など、ムカついたのか目のやり場に困ったのか、ぐりんっとすごい勢いで私の方に身体を向けてしまうほどで…(でも、私の方を向かれても困るんですが…(-_-;))。
 この子たち終点までイチャイチャしてるのかな…と思っていたら、なんだか二人の様子がおかしい。よく見ると、やっぱりいつも乗り合わせる小学生の男の子が、背負っているランドセルをぎゅうぎゅうとカップル二人に押しつけて、間に割って入ってる!
 混んではいましたけど、余裕はあるんです。何で男の子がこんな事しているのか分かりませんが、どう見ても低学年の子ども相手に高校生カップルは為す術もなく引き離され、お互い困惑した表情のまま見つめ合っていました。
 オバさんとしては、どっちもカワイイやら可笑しいやらで、笑いを堪えるのに必死でした。

 さて、その電車を途中で降りて、空いた電車に乗り換えて座って行くのですが、終点まであと三つという駅で、走り込んできたサラリーマンがいました。
 「はぁ〜、死ぬかと思った…」と独り言をいうくらい必死で走ったのでしょう、荒い息を整えていましたが、革靴の紐を結び直す為にしゃがんだ頭を見てびっくり。金髪で、しかも立ち上がる時に見た瞳の色は碧眼です。ちょっと若い頃(ポッチャリしていた十代の頃)のトム・クルーズ似
 貴方、今、日本語しゃべりませんでした? と思って見上げたら、友だちか同僚らしい日本人男性が隣に立っていて、二人は英語で会話をはじめました。
 ああ、コチラが独りごちたのか…と何故がガッカリしたのですが、まあ、この日本人男性、とても流暢な英語を話す上に声が良い!
 ちょっとゴッツイ系の男らしいサラリーマンで好みじゃない(←失礼ですよね…)ですが、これだけ声が良いと3割増くらい格好良く見えます。
 思わず『萌え心』が頭を擡げて、チラチラ盗み見ていたのですが、何かこの二人おかしい。何でだろう? と思っていたら、
くっついて立ってる……

 空いてるんですよ、この電車。なのに、声の良い彼はつり革に掴まり、トム・クルーズ似の彼は真後ろから重なるように立って、そのつり革に掴まった彼の腕の下から腕を伸ばして座席の手摺りに掴まっているんです。
 空いてるんでよ、電車の中(しつこい)!!
 もっぱら声の良い彼がしゃべっているのですが、後のトムくんに振り向いて(ちょうど耳元に口元がある)囁く様が、もう何とも言えず…。
 見てられませ〜ん(T_T)。たぶん、同僚じゃなくて、同棲相手みたいです。朝寝坊でもしたのでしょうねぇ…。
 ホント〜に、電車の中は『萌え』がいっぱい。貴方も車内を見回せば、いろんな風景が見られるかもしれませんよ(笑)。
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by apodeco | 2009-03-01 17:46 | 散文 | Comments(0)

a0095010_111446.jpg9月最後の更新に「岡田克巳の場合」の最終回を持ってこられました。長かったです。ねちっこく書かせていただきました。
もうそろそろ、ブログでは辛い状態になって来ています。内容的にもHPを立ち上げるべきかと検討していますが、いろんな事をやりすぎて、管理が出来るか分かりません。手が回らない感じです(笑)。
来年までは、このまま頑張ろうかと思います。
次は「朝比奈潤次の場合」になりますが、年末に開始できればな…、という予定です。その前に夏〜秋の短い話を書きたいのと、少しイラストを頑張ろうかなと思っていますので。
最近、お話を書くことに夢中になってしまって、本来のイラストを描くことが疎かになっています。描きたいな〜とは常に思っているのですがね。
何でも身構えると進まなくなってしまうのです。趣味でやっていることだから気楽に考えればいいじゃないかと思いながら、やるからにはやっぱり納得のいくものを…とこねくり回してしまったり…。生みの苦しみなんて言えば格好いいですが、単に才能がないだけです(笑)。

何はともあれ、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
それでは、↓よりどうぞ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体等、一切関係ありません。


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by apodeco | 2007-09-29 02:19 | 学ラン通信 | Comments(2)

a0095010_21531062.jpg今週末は連休ですので前倒しで更新します。
先週、高校の生物部OB会より懇親会の案内がきまして、残念ながら欠席のお返事を出しましたが、そのハガキのアンケートに「何か生き物を飼育していますか?」という項目がありました。鳥や猫などに混じって、ゴキブリ以外の身近な生物というのがあり、目が点に。研究所で飼育しているゴキブリは清潔だそうですが、昆虫の中でも身近にいて欲しくない生き物ですよね。
以前人間観察の話を書きましたが、生き物は全て見ていて飽きないです。実は上記のゴキブリも…、ね。
 夜、台所を掃除していた母に呼び止められ「な〜に〜?」と近づくとシンクにゴキブリが!
「ひっ!」と息を呑むと母が人差し指を立ててシーッと合図します。え?と思いながらよく見ると、踊ってるんですよ〜。
大きめのシンクと少し小さめのシンクが並んでいるのですが、その境目をまるで花道のようにして2匹のゴキブリが行きつ戻りつしているのです。求愛ダンスなのでしょうか? 羽をコオロギが鳴くようにぱたぱた立てて踊っている様は何だか楽しそうです。
気持ち悪さ半分、可笑しさ半分で「踊っているね」と言うと、「うん、踊っているね」と答えた母の手には、しゅんしゅん音を立てたやかんが…。
幸せの絶頂で2匹は天国へ。「ジ・エンド」と言った母を見ながら私の頭の中には『世界残酷物語』のテーマ曲が流れたのでした。

この後に岡田くんの話、というのも何ですが、シリアスも続くと飽きますね。おまけに引っ張ります(笑)。気長にお付き合いください。では、↓よりどうぞ!
※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体等、一切関係ありません。

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by apodeco | 2007-09-20 23:11 | 学ラン通信 | Comments(0)

a0095010_17244888.jpg一番古い自分の記憶はいつ頃のものか。皆さんは覚えておられますか?
私はだいたい3、4歳くらいですね…。多分親から聞いた話と自分の記憶が融合していて本当の記憶かどうか定かではありませんが、なんとな〜く覚えています。
3歳のとき、障子貼りに夢中の母の横をこっそり通り抜けて、スリッパのまま道沿いに山手線のホームまで行ってしまったのも、自分の記憶として残っています。(あのまま電車に乗っていたら、今頃別な人生歩んでましたよ)
7、8歳くらいになると、記憶も割と鮮明で、友だち同士でかなり大人な会話をしていたように思います。小学生になって沢山友だちも出来て、人も好きになるし、喧嘩もするし、意地悪もするし…。毎日ぐるぐる真剣に、生きていたように思います。
記憶を辿っていくと、ほんのちょっとした事で、もう少し楽に生きられる気がするのにどうして出来ないのかと、それこそタイムマシンでもあれば当時の自分に言って遣りたい事もあります。でも、だからこそ今の自分がいるのだと、最近は思いますけれど。

さて、岡田くんの話、長いです。暗いです。頑張って覗いて見てください。
 では、↓よりどうぞ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体等、一切関係ありません。

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by apodeco | 2007-09-16 18:25 | 学ラン通信 | Comments(0)