紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語— おまけ(薫)

『紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語—』を元のページにと思ったら、新しくサイトで書いてたのがあって、ページがありませんでした…(^_^;)ゞ
新たにページを立てますが、『紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語— その6』のつづき…というかおまけですので、そちらを読んでからお読み下さい。
右側メニュー【 タグ 】の “紫雲”か “散文” をクリックして頂くと、一覧が出ますのでご利用下さい。

何だかまどろっこしいことをしていますが…
このシリーズはBLサイトを始める前からこちらで書いていたもので、小説の書き方(?)とか、難しいことはな〜んにも考えずに、主人公だけでなく、周りの登場人物が順繰りにお話を引き継いで展開していく…というかたちで書き出したものですから、主人公の恋物語へなかなか進まないという事態になってしまいました。
このまま書き進めると、と〜っても、じれったーい話になってしまうので、ただ今考え中でございます。
一つは、書き直さないで『岡田克巳の場合』につづく、『朝比奈潤次の場合』を書いてから、薫視点の本編に進むか、もう一つは、則行、薫、交互に進めて克巳・潤次は番外括りにするか…
おお…こうして書いていると、考えがまとまってきますね。交互案が有力ですが、もう少し考えます。
もう一つ、サイトの短編に『思秋期』というお話を載せていたのですが、
『朝比奈潤次の場合』に関連するお話なので、『紫雲〜』を外した時点で自動的に外れることになりました。
こちらは年齢制限ありのお話ですので、こちらのブログでの掲載はできません。サイトで紫雲を更新できるようになり次第、再アップしたいと考えています。

お話は↓つづきを読むからご覧下さい。




[伊島薫の場合(おまけ)]

「良い裏地だなぁ、飯島」
 大橋先生の声が頭上から落ちてきて硬直した。
 佐々木に気をとられていた僕は、大橋先生にもしっかり裏刺繍を見られていたことに、ちっとも気づいていなかった。机のすぐ側で、教科書とチョークを手にしたまま腕組みして立っている。百九十センチもある巨漢が側にくるだけでも怖いのに、日本的な顔立ちながら造作のはっきりした男らしい顔が、妙にニヤニヤ笑っているのは余計に恐ろしかった。周りは何事かと固唾を呑んで僕らを見ている。
 怖いし、何されるか分からないし、どうしようかと冷や汗がでた。
「まあ、はっきり校則に明記されている訳じゃないがね。飯島、起立!」
 ニヤニヤ顔から真顔に返った大橋先生が声を張り上げた。飛び跳ねるように立ち上がる。心臓まで一緒に飛び跳ねそうだ。
 大橋先生は手にしていたものを机の上に置くと僕の学ランを脱がしはじめた。もしや没収かしらと青くなったが、手にした学ランを見る間に裏返しにしてしまった。『唐獅子図屏風』の刺繍が露わになる。クラスのあちこちから「わぁ!」とか「綺麗〜」とか声が上がった。先生は制服を広げて刺繍部分をしげしげと眺めた。
「確かに見事だな。こんな綺麗なんだから裏にしとくのは勿体ない。みんなに見て貰いたいだろう?」
 そう言って、僕に裏返しのままの学ランの袖を通させた。
 怖くて抵抗のしようもなくそのまま大人しく着させられたが、光に反射して玉虫色にも見える濃い臙脂色に金糸銀糸の唐獅子刺繍なんて、これではまるでチンドン屋さんか、キャバレーの客引きだ。忍び笑いが聞こえる。恥ずかしくて頬が熱くなる。冷や汗が蒸気になって頭から湯気がでそうだった。
「ほら、静かにしろ。笑い事じゃないぞ。校則違反ではないが真似されても困るからな。もし、他にも同じような事をしている者を見つけたら、一日中この格好でいて貰うからな。飯島、元に戻していいぞ。だが、放課後職員室へきなさい」
「はい」と返事をするとすぐさま脱ぎ捨て表に返した。そのまま着るのももどかしく、慌てて丸めると着席した。詰めていた息をついた。さっきまでの幸せな気分はどこへやら、一転して落ち込む。
 はぁ…恥ずかしい…。佐々木はどう思っただろう。怖くて様子を窺うこともできなかった。
 大橋先生は何事もなく授業を再開したが、すぐにチャイムが鳴ってしまった。日直が号令をかける。先生は大きなため息をつくと、クラス中の落ち着きの無さをもう一度叱責してから出ていった。
「災難だったね、薫。まさか没収ってことはないと思うけど…」潤次が心配顔で呟いた。後ろの席で一部始終を見ていた克巳は「お前、今日は本当についてないな…」と顔を顰めた。
 本当についてない…。だって放課後こそ、佐々木に話しかけようと思っていたのに。恥ずかしい気持ちよりもそっちの悔しさが先に立った。
「飯島、格好わりぃ〜」
 相葉の声だった。それを合図にクラス中から嗤い声が上がった。先ほど佐々木の試合の件で克巳に注意された仕返しか、尚も意地悪く「飯島って、見かけによらずワルなんだ〜」と揶揄するように続けた。
 僕は怒りよりもうんざりした気持ちになった。克巳が「おい!」と声を荒げて立ち上がったのを慌てて押し止めた。克巳は割と手が早い。六月の陸上競技会に出るのに、もし怪我でもさせたら大事になってしまう。
 僕に止められて克巳がそれ以上向かってこないと踏んだ相葉は、調子に乗って「だっせぇ!」とほざいた。
「そんな事ないよ。その刺繍、品があってすごく綺麗だ」
 さほど大きくはないのに、はっきりとよく響く声がした。みんな一斉に声のした方を見ると、佐々木が穏やかに笑っていた。
 辺りが忽然と静まりかえった。衆人環視の中、佐々木はゆっくり僕に近づくと「飯島、もっとよく見せてくれる?」と言って首を傾げた。僕は頭の中が真っ白になった。
 嘘…。佐々木が喋ってる。僕に向かって喋ってる。僕は返事もできず、茫然と見詰めるだけだった。一番最初に我に返ったのは相葉で、
「でも違反じゃんか、裏刺繍なんて!」とうそぶいた。
「だーれも違反だなんて言ってないだろ。大橋先生は俺たちが落ち着きねぇから飯島をスケープゴートにしたんだよ。だいたい『真似されると困る』としか言ってなかっただろうが。お前、一番前の席のくせに耳悪いな〜」
 佐野が佐々木の横から心底呆れ返ったという声を出すと、周りからどっと笑いが起こった。今度は逆に「私も見たい」とか「もう一度着てみせろ」とか肯定的な声が上がって明るい空気に包まれた。相葉は口をぱくぱくさせながら悔しそうな顔をしたけれど、もう何も言わなかった。克巳と潤次はほっとした顔をして僕を見た。佐々木は佐野と顔を見合わせて笑うと、もう一度「見せてくれる?」と言った。
 僕はドキドキしながら手に持っていた学ランを渡そうと一歩踏み出したとき、僕らを取り巻いていた女子の間から一斉に黄色い声が上がった。吃驚して立ち止まると同時に、ガラッと音がして教室のドアが開いた。
「はーい、はーい、みんな席に着いてー!」
 担任の須川先生がホームルームのために入ってきてしまった。皆、蜘蛛の子を散らしたように席に戻っていく。ああ、もう…。本当に、本当に今日は“ついてない”…。
 結局、その日は佐々木と話しをすることはできなかった。
 翌朝、学校の門をくぐると、すぐ左手にある池の前に佐々木が立っていた。背の高い彼は登校する生徒の注目を浴びながら、誰かを待つようにじっと門の方を向いて佇んでいた。門の真下で茫然と突っ立ている僕の姿を見つけると、嬉しそうに近づいてきて「おはよう」と言って笑った。
 その日一日、僕がどんなに幸せな気分だったかなんて、言わなくっても分かるよね。
 話しながら教室に入った僕らを、みんなが驚いた顔をして見ていたのが心底おかしかった。笑いながら席に着くと、「仏滅の翌日はね、必ず大安なんだよ」と潤次が耳元で囁いた。

(了)
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by apodeco | 2012-08-07 21:46 | 学ラン通信 | Comments(0)