紫雲、棚引けば—庚申塚高校物語— その7

a0095010_229559.jpg夏休み中に4コマもと思っていたのですが、描いたことなくて(笑)。
ちょっと間に合いそうにありません。ごめんなさい。勿論描くつもりでいます。もう少しお待ちください。
4コマ漫画の本を買ったことがないのですが、むか〜しの『ぴあ』に“微笑家族”という故中島らもさんの4コマが載っていまして、あれがすごく好きでした。
カネテツデリカフーズの「てっちゃん」の顔なんですが、顔が全部同じなんです。怒っていても笑っていても泣いていても、にっこり笑顔。でもすごく笑えました。
らもさんの事はよく存じませんが、事情があったのか途中で若木エフさんが引き継いで続けていました。
この方も(生き方が)無頼派な作家さんでしたね…。無頼派の作家さんなんて絶対、間違っても亭主にしたくないですが、生き方は、う〜ん、格好いいのかな…?
4コマ漫画で唯一もっているのが、西炯子さんの『ひとりで生きるモン!』(1)(2)です。
また別な機会に西さんのご紹介をしたいと思いますが、この方の絵、大好きです。
結構エッチで可笑しい。電車の中では読めません。

4コマを飛ばして、岡田くんの話を頑張りました。
長いです。全部読むのが嫌になるかもしれません。6話の展開ですが、4、6話目が長いので、アップするときは8話になるかもしれません。内容もちょっと暗め。
お暇なときにちょっとずつお読みください。
 
夏も終わりですね。虫の声が変わってきました。
9月からまた週に1度の更新になります。また7日目の夜にお会いしましょう。

では、いつも通り↓よりどうぞ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・事件・団体等と一切関係ありません。



[岡田克巳の場合(1)]

 一号校舎の屋上は眺めがいい。
 午後の五、六時間は美術の授業で、課題は『学校内の風景画』。C組の連中は白衣を身につけて学校中に散らばっている。俺たちは美術室の真向かいのこの屋上を選んだ。一番気持ちのいい場所だから。
 眼前に広がる校庭は広く、野球とサッカーが同時に行える広さがある。一旦グランドを区切るように常緑樹の木立が並び、その向こう側にもバレーコートとバスケットコートが設えてある。学校の敷地を囲むフェンスに沿うように、山吹色の都電が行きつ戻りつしている。その先はどこまでも続く家並みで、遥か後方に少し霞んでサンシャイン60とプリンスホテルが見える。この界隈は戦前から栄えていた町で、戦火にも焼かれず残った家が多かったから、あまり高い建物がない。一番高い建物は、日の出湯の白い煙突くらいだった。
 校庭に向かって一列に並んでキャンバスを立てる。美術室から拝借した丸椅子が使えるのも近場の特権だ。他にも二つ三つのグループがここで白いキャンバスに向っている。
 五月晴れの青い空と眼下の校庭の緑、黒い制服と真新しい白衣のコントラストが綺麗だった。本当は美術専用のエプロンがあるのだが、希望購入だったのでほどんどの者が持っておらず、化学用の白衣を着ている。担任でもある化学の須川先生は衛生的でないと難色を示したが、幸い美術と化学が同じ日になることはなく必ず洗濯する条件で許された。
 最近分かったことは、クラス分けが選択授業で行われたことだ。AからC組が美術選択クラス。D、E組が音楽選択クラス。F、G組が書道選択クラス。もしも、俺が美術を選ばなければ、幼馴染みの飯島薫とも朝比奈潤次とも、そして目の前で先程から固まったまま動かない大男、佐々木則行とも同じクラスにならなかっただろう。
 佐々木とは最近親しく口をきくようになった。入学当初、佐々木と薫が不穏な雰囲気だったので、薫と始終一緒にいる俺も話しをする機会がなかったが、潤次の口利きで薫と和睦して以来、彼は俺たちと一緒にいる。彼が、というより薫が、と言った方が正しい。些細な誤解が解けてから、薫は余程佐々木のことが気に入ったのだろう、従順な犬のように付いて回っている。こうなると今までの騒ぎは何だったのかと思うが、薫は未だに本当の理由を白状しない。普段は素直なくせに変に強情なところがあって、一旦口を閉ざすと容易に聞き出せなかった。
 潤次に聞いた話では、入学式当日、佐々木が薫を女の子と間違えたから臍を曲げたらしい、とのことだった。やっぱりなぁと思ったが、だったらあの日、薫がトイレへ逃げた後、理由を聞いた俺に佐々木がそうと教えてくれていたら対処の仕方もあったのにと、佐々木に言うと「これ以上恥の上塗りになったら飯島に悪い」と思ってずっと黙っていたそうだ。潤次が「見かけ倒しじゃなく、一本筋が通っている」と言ったが、俺も彼を見直した。
 だけど、何だか面白くない。何がって、まずこいつの身長。俺だって年の割にでかい方だと思っていたが、それを十センチは上回る。均整のとれた身体にバランスよくついた筋肉。整った顔と落ち着いた物腰。それだけじゃない。中間テストの成績もクラスで上位だったと女どもが騒いでいた。これで人格もいいなんて嘘みたいな話だ。こんな完璧な男、同じ男として多少のやっかみを感じても罰は当たらないだろう。
 こんな奴なら、親はさぞ自慢なんだろうな——無意識に思い浮かべて胸が疼いた。
『俺にないものを持っている男』
 それが佐々木の印象だった。俺が蓋をして見ないように避けてきたことを、こいつは否応なく突き付ける。正直、煙たい存在だった。それでも心底佐々木を憎めないのは、この一見完璧な男は、実は相当な天然ボケだった。
 薫にあれだけ細やかな配慮を示したから、他人に対する洞察力はあるのだろうけれど、どうも自分の事にはまるっきり関心がないようだった。自分の容姿がどれだけ人目を引くか、羨望の眼差しで見られているのか分かっていない。佐野から「あいつ、自分が飯島と話してないって注目されてた事に、全然気づいてなかったぞ」と聞いたときは、驚きを通り越して呆れた。クラスの男連中は早い段階で佐々木の天然ボケに気がついたようで、各自溜飲を下げていたから、この実直で誠実な男に友好の情を示していた。

 木炭で下書きの終わったキャンバスの前で、佐々木はロダンの “ 考える人 ” のまま一向に動かなかった。薫が何気なく、剣道部の部長とどうして試合をすることになったのか聞いたのだ。佐々木は今度の連休明けに剣道部の入部を賭けて試合をするのだが、細かい経緯は知らなかった。この物腰の柔らかい穏やかそうな男が、そんな喧嘩を買うとは思えなかったから、皆ひどく驚いた。
 いつまでも考え込む佐々木に、まずい事を聞いたと後悔した薫が助けを求めて俺と潤次を交互に見たが、潤次は放っておけとばかりに笑顔のまま絵筆を走らせていた。ようやく顔をあげた佐々木は意を決したような顔をしたが、出てきた声は小さかった。
「最近、試合に勝てないんだ…」
 あれだけ考えて出た返答は、意味不明だった。
「勝てない喧嘩を買ったわけだ」
 俺はちょっと意地悪く言ってみた。佐々木はさっと顔を朱に染めて下を向いた。こういう反応が、見かけと違って可愛らしく憎めなかった。代わりに薫がぎっと俺を睨んだ。
「その、まあ、成り行きで仕方なく…。はじめから入るつもりはなかったんだ。だから、この学校の剣道部がそんな強いなんて全く知らなかったし、部長にはっきり断ったんだけど、聞き入れて貰えなくて…。しつこいんだ、あの人。そのうち売り言葉に買い言葉で、気付いたら試合をする羽目になってた」
 なんとなく話が見えてきた。俺と潤次は顔を見合わせてため息をついた。
「あの人、断られるとは夢にも思ってなかったんじゃない? 剣道に命かけてる人だから、きっとショックを受けたんだよ。中学のとき新聞部で取材したけど、孤高の武士みたいな感じで、プライドを守る為なら切腹しそうな雰囲気だったよ。かなりエキセントリックだよね」
 潤次が苦笑しながら言った。
「俺の言い方も不味かったかもしれない。剣道は好きで始めたことじゃないって口を滑らしたときのあの人の顔、すごかったな…」
 言いながら部長の顔を思い出したのか、佐々木はぶるっと震えた。
 剣道部の藤堂寿士部長は、俺たちの中学の先輩にあたる。運動部の人間で彼を知らない者はいなかった。自ら武士の生まれ変わりと豪語する変わり者で、剣道に懸ける情熱は尋常でなかった。朝、夜の練習は当たり前、土日も体育館を開放させて練習していた。たかだか中学の部活動で、寒稽古のために部員を引き連れ寺に籠ったと聞いたときは呆れたが、それでも一人の退部者も出さなかった。皆、藤堂先輩を尊敬していたし、剣道部は常に大会で優秀な成績を納めていた。
 今も都立高校でインターハイに出場できるのは、彼の功績によるものだろう。人格破綻者ではないが、剣道に限って尋常じゃない人だったから、佐々木の態度に許せないものを感じたのかもしれない。いっそのこと、剣道部に入ればいいのに。なんとなく皆そう思ったのだろう、薫が代弁するように聞いた。
「佐々木は、どうして剣道部に入りたくないの? クラブに、まだ入っていないよね」
 佐々木は首まで赤くして、片手で顔を覆った。
「だから、スランプというか…どう言う訳か、いや、理由は…。とにかく、剣道の試合に勝てないから、今は入ってもどうにもならないんだよ!」
 そう捲し立てるように怒鳴った。この反応に、俺たちは三人とも目を見張った。佐々木が怒鳴ったなんて初めてだ。どうやら最初の返答はここに繋がるらしい。
「ごめん!」と一番驚いた薫が慌てて謝った。
「あっ、いや、俺の方こそ悪かった。こんな怒鳴ることじゃないよな。ごめん…。剣道って内面的な問題が影響するらしいんだ。それを解決しないと先へ進めない。剣道を止めるつもりはないよ。ちゃんと町の道場で鍛錬しているし、今は模索している最中なんだ。ただ、高校のクラブは、試合が第一義だろう。結果が期待される。一朝一夕で解決できればいいけれど、時間が掛かりそうなんだ。だから入りたくない」
 俺は “ 内面的問題 ” という言葉に引っ掛かった。人間なら誰でも悩みの一つや二つあるだろうけれど、この “ 完璧男 ” の内面にどんな『問題』があるのだろう?
「でも、試合に勝てないなら、結局、剣道部に入ることになるんだろう? 成り行きでって言ってたけど、分かっててなんで試合なんか受けたんだ」
 俺も大概意地が悪いと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。こいつは何を悩んでいるんだろう?
 薫に今度は思いっきり足を踏まれた。佐々木は、ちっとも色の付かない自分の絵をしばらくじっと眺めていたが、ゆっくり俺に顔を向けると薄く微笑んだ。何か、自分の中で区切りをつけたような顔だった。
「何でだろう? 勢いもあったけど、負ける気がしなかった。勝てるとも思わなかったけど、何故か負けるとも思わなかったんだ。もしも、勝てたら、何かが変わるかもしれない…。そう、勝てたら、変えられる!」
 佐々木はきっぱり言い切って、見惚れるような笑顔を見せた。
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by apodeco | 2007-08-26 23:15 | 学ラン通信